金仏壇の匠 唐木仏壇の特徴 大野屋の歴史
金仏壇の匠
金仏壇の製造には多数の専門職人が携わります。
ここでは金仏壇のなかから
「名古屋仏壇」をつくる匠達を
紹介しながら製造の工程を見てみましょう。
名古屋仏壇の歴史は古く、元禄八年ごろとされ、
東本願寺造営に参加した職人達が、
尾張藩所領の木曽檜を使って作っていました。
ここで育まれた知恵や技は、
現在の製造工程の基礎となって受け継がれています。
名古屋仏壇を作る専門職人達は「八職」と呼ばれる
八つの主な製造部門に分かれ、
分業で製造に携わります。
八職の技と役目
木地師
荘厳師
彫刻師
塗り師
外金物師
内金物師
蒔絵師
箔置師
ご紹介した八職に加えて、
さらに「天井師(てんじょうし)」「呂色師(ろいろし)」「仕組師(しくみし)」という
専門の匠達も製造工程に携わり名古屋仏壇は誕生します。

日本最古のお仏壇は法隆寺の玉虫厨子です。
仏壇がまつられ始めたのは、七世紀末の天武天皇の時代と言われます。
「日本書紀」によれば、仏教を奨励した天武天皇が
「各家に仏舎をつくり、仏像および経文を置き、礼拝と供養をせよ。」と
詔を発布しました。これがお仏壇がまつられる起源のようです。
鎌倉時代には仏壇の形が定まっていき、
江戸時代になると一般庶民に広まったということのようです。
仏壇製造は京都が発祥の地ですが、
江戸幕府による仏教保護政策で各地に広がりました。
もとは宮大工や寺大工職人が製造していたようですが、
時とともに専門職化し高度な技術が駆使されるようになりました。
こんな歴史のなかで培われた匠達の技は
今の仏壇製造に受け継がれています。
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